『クラリモンド』の感想
公演後、すぐに拍手が出来ない舞台でした。
それは、その舞台の内容にちっとも共感出来なかった、心動かなかった舞台だったのでは決してなく、
また、舞台のラストシーンが、終わりだと捉え難かった舞台だった訳でも無くって。
ただ、その舞台の世界に意識を持っていかれてしまっていて、
自分が現実の世界へ戻って来るまでに時間がかかりました。
よく分からない心の動きがあり・・・・・・
その感動を誰かに伝えたいと思っても、
「・・・すごい舞台・・・」
としか言葉が出て来なくて、他の言葉を探す事に時間を要しました。
人間らしいとも思えるさまざまな感情を持った悪魔。
万能の神ではない、不完全な魅力。
なぜ、観ているだけで、悪魔の心の内の葛藤が伝わってくるのか・・・、
身体から、心の何かが伝わってくるのか・・・
あまりにもさらけ出されるので、自分は観ているだけなのに、心が落ち着きません・・・
また、舞台を観て時が経った今現在も、分からない何か不思議なひっかかりを残している、そんな舞台だったんです。。。
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初見の感想は、
(消え入るような声で)やだ、もったいない・・・
という感じでした。
出演者の皆さんお一人お一人の、ダンスや、言葉(台詞)、歌声や、ピアノの生演奏や、それぞれが単体でステージの空間を充分に埋めることが出来る皆さんが集まっちゃってますから、
何かに気を取られているうちに、展開していってしまって・・・・・・
嬉しい悲鳴とでもいいましょうか、嗚呼もったいない・・・っと思ってしまうのです。
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また、その後も、公演を観る機会があったのですが・・・
回を重ねて、胸に迫り来るその感じがなんだかパワーアップしてるように感じました。
客席はスタンディングオベーション!
何であんな事が、連日、それも昼夜公演行えたりしている上に、パワーアップしちゃうんでしょうか。。。不思議でなりません。
そして私は、初見ではないのに、なんでこんなにも、驚かされ、心動かされるのか。
(舞台上がもったいないことになっているので、回数を重ねると、たしかに以前は気づかなかったことに気づいたりするとはいえ、こんなにも心が動くのは何故なのか・・・)
そして、
言葉を使っていないシーン、
言葉の無いダンスを見ているだけで、なぜ、さまざまな感情が、生生しく、強く激しく迫ってくるのか・・・・・・
実際に繰り返し見る(寝る時に見る)夢のように、この後の展開が(頭のどこか、理性の中では)分かっていても、もう避けられない定めのように、その魅力にとりつかれてしまうような・・・・
だめだと分かっていても、理屈無く、逃れようの無いところに、おちて行くような・・・
異様な感慨にいざなわれる・・・
そんな感情になったのです。
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古びた十字架
地を滑り忍びよる夜気
教会の鐘が何かを知らせる、
近づいてくる鼓動・・・
心音を聞くと、人間は普通は心が穏やかになるはずなのに、なぜか不安が脳裏をかすめる・・・
すっくと立つ舘形さんと森山さんは、暗闇から、その姿や鍛えられた肌の陰影が綺麗にふうっと照らされて、浮かび上がってきます。
横たわる小柄な3体の少女は、じめついた墓地でうねるヒルの姿なのか。舘形さんと森山さんはそれらを見守る番人の様でもあり・・・
ゆっくりと足音もなく踏み出すその様子は、私が日常行っている歩くと言う動作に似てはいるのですが、
その所作だけで、この世のものではないと感じられて・・・
身体には、何か湿った空気のベールをまとっている様にも見えます。
神秘的であるのに、圧迫感がある・・・重苦しい・・・
熊谷さんの一歩と共に悪魔達の身体は、持っていた意識を捨てて崩れ落ち、重なりあいます。それは、この世に産み落とされた肉(体) の塊にも見えます。
もしかしたら、冒頭の少女達は胎内で悶える胎児だったのかもしれません。
均衡が崩れる、
結界が破られ・・・・・・やがて、その世界が大きく開かれる・・・
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舞台が、始まってすぐに、もうその世界にすっぽりと、もっていかれてしまいました。
悪魔に翻弄されるロミュオーと同様に、客席に座っているだけなのに、心が落ち着きません・・・
耳元でささやかれ、その黒い羽に包み込まれていきます・・・
やさしい静かな闇・・・
目の前には、観る側の心をも惑わすようなダンスが次から次へと繰り広げられ、そして、美しいピアノの調べが響きます。
なんとも言い表しがたい危うい魅力があって・・・
観ていて、ドキドキしつつもゾクゾクしてしまう・・・
視覚、聴覚、またその舞台からは、えもいわれぬ緊張感が伝わってきて、それは肌にも、ぴりぴりと伝わって来るんです。
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公演を観る前には、私は、森山さんと舘形さんの共演、お二人のからみがとっても楽しみ~っと思っておりました。
それは、想像以上だったのですが、
その他にも、熊谷さんがタップをしている中で、ピアノの生演奏の中での、舘形さんのダンス等は、舞台のワンシーンとは思えないほどの、
何か溢れ出る抑えられない思い、生々しい感情が溢れ出るような・・・
熊谷さんの音とともに、舘さんのいろんな色合いが、うわッと広がって・・・迫られるような・・・・・・
そんな気持ちにもなりました。
たたみかけるような大島さんの振り付けに、
魅力ある出演者の皆さんが集まるとこんな世界が出来上がるのかと驚きました。
(王子様とお姫様が出会うだけの物語なら、他の方でも出来たかもしれないのですが) でも、こんな内容の舞台は、この舞台『クラリモンド』は、
このキャストでなければ、決して存在しなかったのではないでしょうか。。。
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舘形さんの様子を目にしていると、
「うわぁーっ」って思ってしまって(・・・伝わらないですかね・・・)
舘形さんが目を見開くと、なんでか思わず自分も見開いてしまって・・・ドライアイは悪化しまくりです・・・はぁ^^;
私、舞台にものすごく引き込まれつつも、
「なんだか、すごい・・・」
「うわっ」って思って、5mm位、頭が後ろに引いちゃう感じでした。 (・・・どんな感じなんだか・・・書いてる自分でもよく分かりませんが・・・)
そして、その後、身じろぎできずに、どんどんと引き込まれていきました。
悪魔達は、艶かしかったり、狂気じみていたり、獣のようでもあり、切なかったり、その場面場面で魅力的で・・・
やはり圧巻でした!
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墓所がいつの間にか、画室へと変わってしまったのか、、
悪魔と、堕天使がからむ様子は、絵画のように観えました。
もしも美術館で、その絵を目にしたのなら、その前で動けなくなるに違いないと思うような、
そのワンシーンワンシーンは、細部にわたって緻密に描かれた絵画や優れた彫刻のようで、
髪の毛の一本一本、指先の関節、一瞥、足先の動きまですべてに意識が研ぎ澄まされているようで、
絵画よりもずっとリアルに伝わってくるのです。。。
うごめく悪魔達は、生贄の姿にも観えるのですが、
夢幻の雰囲気を保ったまま、退廃的な美しさがあって、
舘形さんは、以前、毒を持っている美しさが好きだとおっしゃっていたことがありましたが、もしかしたら、それが絵画だとしたら、こんな光景の事かもしれないと、
美しいだけではなく、怖さも含んでいて・・・
面妖な美の世界
そして、美しいと言うことはそれだけで、ものすごい力なのだということも感じました。
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クラリモンドと悪魔達・堕天使達の酒宴
酒池肉林の様子は、甘い蜜の香りが漂ってきそうなほど、酔ってしまいそうな程に魅惑的でした。
密やかな邪恋の魔力
地下室の楽園
熊谷和徳さんが舘形比呂一さんのダンスについて“圧倒的な肉体美を見せるダンス”だと、朝日新聞のインタビューでおっしゃっていましたが、
(asahi.com(朝日新聞2006年05月09日夕刊) )
http://www.asahi.com/culture/stage/theater/TKY200605090376.html
私がこれまでに観る機会のあった舘さんが出演されている舞台は、
鍛えられた肉体を持っていらして、美丈夫なことはもちろんですが、それだけではなくって、身体で繊細な感情や、情景等もつむぎ出す 表現する方だと言う印象の方が強かったのです。
でも、『クラリモンド』公演を実際に観てみると、有無を言わせない“見せる”“魅せる(惹きつける)”力を感じて、、、
なんだかすごいって(・・・結局言葉にならないのですが・・・)感じました。。。
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私(の勝手な思い込み)は、ダンス公演というものは、観る側の受け取り方によって、いかようにも変化しいろんな受け取り方があるものだと思っているんです、
そして言葉(台詞)がある舞台は、言葉での丁寧な説明があると同時に、ダンス公演よりも、受け取り方の範囲を定めてしまっている場合があると思っていたのですが、
この舞台には、歌や台詞もあるのですが、
ダンスが、すごく大きな役割を担っている気がして・・・
ものすごく広がりがある舞台のように感じました。 (ンーン・・・書いている私も何が言いたいのか、よく分かってませんが・・・)
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『クラリモンド』のパンフレットには、出演者の方のプロフィールは見開き写真付で載っています。
このパンフを始めて手にしてぱらぱらとめくった時に、
(あまり折り目をつけないようにしようとしてページを指先でめくっていたら)1ページ間違って、貴水博之さんのプロフィール文章を、舘さんのものだと勘違いして読み始めてしまいました。(見開きに写真が載っていると言うのに、、、すっごく勘違いなのですが)
そのプロフィールの冒頭には、歌うのが好きで、口笛を吹いていた少年時代の事が書いてあります。
私は、その文章を舘さんのプロフィールだと思い込んで読み始めましたから、びっくりしました。
これまで私が知っている舘形さんのプロフィールにはそんなお日様がキラキラしてそうな(雰囲気です。実際そういう言葉はないんです^^;)内容はありませんでしたから。
もしも、たとえ、これまで公表していた舘さんのプロフィールは全部嘘で、今回が本当なんだと言われても絶対に信じられない感じで驚いてしまって、、、私がページを1ページ間違っていたのだと言うことに気づいて、ホっと安心(!?)しました。
舘さんのプロフィールには、大人しい物静かな幼少時代のことが書いてあります。
本来のプロフィールを目にして、
あぁ、貴水さんはやっぱり若き日のロミュオーであり、
そして、舘さんは悪魔へと変身出来てしまう方なのねって思いました。(激しく褒めてます)
何か計り知れない熱いものを内包しているような気がして、、、だからこそ、今のあのダンスに、舞踏に、あの舞台につながるのではないかと、少し安心(!?)したんです。
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馬に乗って、闇へ進むシーンでは、
ロミュオーに悪魔たちがまつわり、めぐる様子、
そして、闇を裂き、空を攪拌する様子もはっきりと目に焼きついています。。。
そして、ロミュオーを惑わす悪魔の舘さんは、獣か蛇かって位(?) に舌使いもすごいです。蛇等のシュルシュルっって言う、舌の音が聞こえてきそうでした。ダンスミュージカルを観に行って、それも舘様の舞台を観に行って、舌がフラッシュバックしてくるとは思ってもみませんでした・・・。
思わず、その夜、私、鏡の前で、練習してしまいましたもの。
あ、いや(汗)、本来なら他にも目に焼きついているダンスシーンが数々ありますから真似できたらそれはそれはすごいと思うのすが、到底覚えてないし出来ないものですから・・・。
全速力で走った後とかに、もしもよろしければ、やってみてください。すんごい難しいのです。。。。
原作では、ロミュオーは自分の意思に反して、僧侶となる事を誓ってしまった時の事を、
“舌が儀式通りに言ってしまう”と、
舌が勝手にその言葉を話したのだと言っていましたが、
慎み深かったロミュオーも、あの悪魔の大将が相手では、そして、あれほどまでに悪魔に惑わされてしまったら・・・、それはもう、屈してしまっても仕方が無いでしょう・・・となにか納得してしまいました・・・。
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公演後も、堕天使さんの歌声が頭の中を回って、、家に戻ってからもお風呂の中や、ドライブの最中に歌ったりしています(お風呂で歌うのには適さない歌詞だったりするのですが^_^;歌詞はうろ覚えのところも多いのですが。)
道子さん&愛さんのハーモニーにのって高塚さんに問いかけられると・・・私自身もその問いの答えを探しちゃいましたし。
ロミュオーを惑わす事が嬉しそうな様子は、堕天使と言うようよりも(天使として生をうけた後に堕ちたというよりも)、もともと根っからの悪魔っぽいとも感じられて、なんだか小気味良くって。
前方のお席だと、あれだけ綺麗なハーモニーも、一人一人の声が判別できて、耳に残っています。昨年の公演『血の起源』の時にも、横山 愛さんの正面のお席でしたが、縁あってか(無いでしょうか?)今回も愛さんの歌声のまん前の席になる場面がありました。通るその声、そのパートを覚えたいと思ったのですが、これまたとてもとても無理でした。
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熊谷和徳さんのタップは、奏でるというよりも、思いを叩きつけている様に観えました。
その振動が物理的にお尻に響いてくるだけではなくって、思いを揺さぶられるようなそんな気持ちになります。
人の身体で、こんな音が出るのかと、驚き。
突き抜けると言う思いを感じました。
その音が、ざらついた思いの様に感じる時もあり。
十字架の中で踊るシーンも印象的でした。
足で地に円を描くと、音が丸く聞こえるような気がする(ような気がする)んですが、その音が、ヒュルルルっと天上へ昇っていくようにも感じたりしました。
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森山開次さんが、プツッと、イッっちゃった瞬間もとても好きでした。
ケッケッケって笑い声が聞こえそうな、そんな感じでした・・・
(今、笑い声を文字にして見て読んだら、、、なんだか ちびまるこちゃんの野口さんを思い出しちゃいましたが、そういういう感じではなくてですね・・・)
古い西洋のお話に出てきそうな悪魔が企んだ笑い声という感じなのです。
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クラリモンド(安寿ミラさん)の白い衣装での死のシーン。
死んでいるのに美しい安寿さんの足元は、そのままトウシューズがはけそうなほどに、綺麗に伸びています。こんなに風に死ねたらいいのにとも思ってしまいます。
生き返るときの、カッと目を見開き、さらりと身を翻す様子も
その後、細いウェストを更に細くした華奢な立ち姿も、
ほっそりとして美しく、言いたいことははっきり言う、ロミュオーが描く理想の女性であるように感じました。
(ずっと昔の物語ですが)それは時代を超え、異性が思う、そして同性が思う理想、、、
悪魔達から、筋肉や、身体、生身の人間の持つ感情、、、悲喜、愛憎を強くを感じられるのに対して、
それは、理想として描く女性の姿であり、象徴やフィギュアも連想し、それはどこか現実離れしている程の理想にも感じられました。
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舘さんと開次さんがお二人で、無音の中踊るシーン。
片時も目が離せませんでした。
肌と肌とがぶつかる音を耳にしたときに、それまで、足音ひとつしていなかったことにハッとさせられたり・・・
切実さに駆られる・・・
息を殺した2人の間に張り詰めた空気
倒し、抱き、捨てる。
収縮と弛緩
身体にからみつく赤い糸さえも、宙を舞い、
宙に浮く、舘さんの姿も目に焼きついています。
手と手を取り合い、拒絶し、そしてまた求める。
悪魔の、もろく、壊れやすい美しさ。
倒立した時の、森山さんの額にみるみるうちに膨らむ青筋・・・、
舘形さんの見開ききった目・・・
うまく言葉にならないのですが、とにかく激しく心が掻き立てられる・・・
お二人の空気のまとい方は違うのですが、お二人のでのダンスシーンは互いに影響しあっていて、お一人お一人の時よりも大きな風を起こしているようで・・・・・・素敵でした。
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そして、クラリモンドがロミュオーの血を求め、悪魔は天へ昇るシーン。
真っ赤なライトが汗をまとった悪魔の背中の筋肉を照らし出していて、
その背中、その身体からもさまざまな感情があふれて出てくるようで、クラリモンドの声だけではなく、悪魔の声にならない声が聞こえてくる様でした。
高塚恵理子さんがご自身のブログ[高塚恵理子の☆えりんこ気ままにDiary☆]で書いていらっしゃいましたが、
→[2006年05月15日]
http://blog.livedoor.jp/erinkotak/archives/50808250.html
この時の、表情も“本当に素敵”なのだそうです。
もちろん、その素敵さは背中からも伝わってくるのですが、、、
友人は、DVDの中に舞台袖や奥から悪魔を映した映像があったらいいのにと言っていました。・・・無理だとは思うのですが、私も、ぜひあったらいいのにっ!!!っと思ってしまいますです。
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ロミュオーの懺悔や迷いの言葉も耳に残っています。
(悪魔ではなく)人間であり、尊いことを語り諭す司教様は、どこか通り一遍な言葉を口にするだけで、ロミュオーの耳には空ろに響くのに、、、悪魔の舞踏はロミュオーの意識に深く潜り込んでいった・・・
自分の気持ちに忠実な純粋なロミュオー、、、偽善とも思える司教、、、そして真摯に激しく鬼気迫る悪魔・・・
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悪魔のダンスシーンは、
観ているだけで、私自分の心の中で隠しておいた部分を、舞台上ではさらけ出されたような気がして・・・
また、そのストイックなまでの様子は、激しく胸を打ち・・・
身体から、心の何か、、、いろんな感情が伝わってきました。
硬化していく心
酒色の後の空虚
錯乱と絶頂
存在する事の深層
感情が綻びていく様子・・・
探し
溺れ
剥がれ落ち
滲んでいく
朽ちていく
熱情に逆らう行為、そこから生ずる苦痛、満たされない思い
絶望、怯え、自嘲、
惑いと悦びが交錯して
優雅であったかと思えば、獣に憑依され
悪は、愛することと同じ意味を持っているようで
愛おしい・・・
募る狂おしい思い・・・
獣の激しさを持ちながら、でもそこには、耽美幽玄な世界も広がっていて・・・・・・
人間の存在の限界を必死に超えようとするような・・・そんな印象もあり、
悪魔なのですが、その姿は、けがれとはかけ離れた清澄にさえ観える事もあったんです。
・・・他にもいろんな感情が、たくさんたくさんあったと思うのですが、
それはいまだうまく言葉になりません。。。
私が体験したその感動を言葉に出来ないように、
もしかして、もしかしたら、言葉にはならない衝動が訴えられていたのかもしれません・・・
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